歯ブラシの気持ち



作 ・ ぼーずまん

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81話〜90話 91話〜100話 111話〜120話 121話〜最終話



101話 寝坊  


俺の期待は現実となった。 居間の方からツカサやマナミが叫んでいる声が聞こえてくる。

「なんでもっと早く起こしてくんなかったのよォ!」

「あ〜もう! 朝メシこれだけでいいや! ごちそうさまー!」

バタバタ・・・ 昨夜の夕食の風景が嘘のような喧騒である。 これがネボウとかいう事故なのか。

「はいはい、車にだけは気をつけなさいね。」

「・・・いってきまーす!」

「俺もそろそろ行くかな・・・。」

ヒデキさんだけは落ち着いたトーンで昨夜とあまり変わらなかった。 さすがは人間のオトナだ。

ジェシカの持っているものと同等の冷静さを彼からも感じる。

ドアらしき物の開く音のあとにそれぞれの足音が遠ざかっていく。

・・・そして食器を洗っているカチャカチャという音と、流水音が同時に遠くの方から聞こえてきた。


102話 異形の来客 

日中は穏やかで平和なものだった。 たまに壁の向こうから水の音が聞こえてくるくらいだった。

ゴン爺によれば、俺たちの正面にある壁の向こう側には「トイレ」という小さな部屋があるらしい。

人間は一日に数回ほど、その小部屋を利用するらしいのだが、中で何をやっているかは誰も知らなかった。

もしかしたら仕事か何かをしてるのかもしれない。

ゴン爺やエディーでさえ知らないのだから、俺が気にしても仕方のないコトなのだが・・・。

数時間もの間、昨日にひき続き俺はみんなから人間についていろいろと教えてもらっていた。

・・・そんな時である。

微かな物音がしたので俺は思わずドアの方を見た。 そこには初めて見る生き物がいたんだ。

人間とは全く形がちがう。 大きさもかなり小さい。 何なんだコイツは・・・!?


103話 来客の正体 

白い服を着ている。 ・・・ん? 服か? あれ。

なぜか両手を地面につけたまま、ジッとこっちを見ているのだ。

「なーにビックリしてんの! このコが昨日話した『ネコ』だヨ。 いや〜ん今日もカワイイ〜♪」

メリルはなぜかはしゃいでいる。 そうかコイツが「ネコ」って生き物か。

生まれて初めて見た。 人間とは全然カタチのちがう生き物なんだな・・・。

それでも俺たちに比べたら、ずっと人間寄りなんだろう。

あいかわらず彼はジッとこっちを見ている。


104話 ガラス玉のような瞳 

なんでこっちの方を見ているんだ? 新しい歯ブラシを歓迎してくれているのかな?

「なんか・・・ 様子がおかしいわね。」 ジェシカがつぶやく。

そのとき、彼・・・ ネコの首から上だけが一瞬で角度が変わった。 右・・・ 左・・・

何かをそのガラス玉のような瞳が追っているのがわかった。

「フォッフォッフォ・・・ どうやらコイツが気になっているみたいじゃな。」

「虫か・・・!」 セドリックも気がついたらしい。

見ると、小さな黒い点のようなモノが空中をとんでいる。 これがセドリックの言う「ムシ」とかいう奴なのだろう。

確かにその黒い点の動きに合わせてネコの頭と瞳も動いている。

その時、なんだか少しだけ嫌な予感がしたんだ・・・


105話 激痛 

あきらかにネコの周りには緊迫した空気が張り付いている。

この感覚はどこかで・・・ ああ、そうか。 あのオバサンと一緒なんだ。

あの時は気が付かなかったが、今にして思えば彼女も同じ雰囲気をまとっていた。

獲物を射程に収めたときの空気。 狩りの空気。

そう・・・ ダグラスを万引きしようとしたあの女・・・。 

一瞬、ネコの全体が1cmほど沈んだ。

 ・・・ガシャン!!

「ぐはぁっ!」 「キャアア!」 「うああ!」

俺たちは突然床に放り出された! なんだ!? 何が起きたんだ!?

俺の全身を激痛が襲った・・・


106話 アクシデント 

「フギャ!!」 ネコの叫び声と俺が床に叩きつけられたのはほぼ同時だった。

周りを見回してみると、みんなそれぞれバラバラに吹っ飛んでいる。

ネコはダダダダッと居間の方へ走って逃げていった。 本当に一瞬の出来事だった。

「ヤロウ、ジャンプしたのはいいが俺たちを叩き落としやがった・・・」

ダグラスの声が聞こえる。 俺からは40cmほど離れた所に横たわっていた。

「どうやら着地に失敗したようじゃな。 ふぉっふぉっふぉ・・・」

ゴン爺は洗面台の流しの中に落ちたらしく、俺の上の方から声が聞こえてきた。

「メリルとジェシカは・・・?」  「ワタシだったら大丈夫だよ〜♪」

見るとメリルは柔らかい所に落ちていた。 たしか足拭きマットとかいう所だ。

その近くに俺たちの入っていたコップも落ちている。

・・・!? ジェシカはどこだ!? 


107話 ジェシカの声 

「ふぅ・・・ ビックリしたわ。 こんなの初めて。」 ・・・ジェシカの声だ!

「ジェシカ? どこまで吹っ飛んだんだ?」

「私ならまだコップの中よ。」  あぁ。 ちょうど俺のいる所からは死角になって見えないだけか。

どうやらジェシカはコップの中にまだいるらしい。 コップの底が俺の方を向いてるので見えなかっただけなのだ。 

「ふぅ・・・ まいったぜ。」 セドリックがため息をつく。

「ふぉっふぉっふぉ・・・ 誰かが気がつくまでワシらはこのままのようじゃな。」

・・・そうだった。 あと数時間はこのままでいないといけないのか・・・

痛みがひいてくると、ひんやりした床が少しだけ心地よく感じたんだ。


108話 数時間後 

あれから何時間経ったのだろうか。 バラバラになってしまったけれど、俺たちは盛り上がっていた。

たしかに痛かったけど、今となっては笑い話だ。 みんな初めての体験だったらしい。

「今度からアイツが獲物を追ってココに入ってきたときは心の準備をしておこうぜ。」

セドリックが皮肉たっぷりな口調で周りの笑いを誘う。

そのときやっと人間の足音が近づいてきたんだ。 ようやく気付いてもらえるのかな?


109話 白い手 

少しだけ開いていたドアが完全に開く。 温かいした微風が洗面所内に入り込む。

どうやらこの狭い空間と外の部屋では微妙に温度が違うらしい。

「あら?」 聞き覚えのある女性の声・・・ ヨウコさんだ。

彼女の動きが2〜3秒ほど止まった。 頭の中で現状を整理する時間らしい。

最初に手に取ったのはジェシカの入ったコップだった。 同時に右手でメリルを持った。

色白な彼女の指で俺たちは次々と元の場所に戻され、全員揃ったところでコップから出されたんだ。

もうすっかりおなじみになった蛇口の音。 ・・・水が叩きつけられる音。

ひとまとめになった俺たちはその水を浴びることになった。

仕事のあとのシャワーとは違ってほんの数秒だったが、俺たちはすっかりズブ濡れになった。

この冷たさには、床のひんやり感とはまた違った心地よさがあったんだ。


110話 2日目の夕方 

ヨウコさんが洗面所から去って、また数時間が過ぎた。

結局ヨウコさんは俺たちを水でキレイにしたあとはバスルームで何か作業をしていた。

水の音などが聞こえてきたのだが、服を着たままだったので不思議に思っていたらゴン爺が説明してくれた。

「フォッフォッフォ、風呂の掃除じゃよ。」

掃除? 風呂を洗うってコトなのだろうか。

とにかく俺はここに来てから、初めて見る人間の行動が多くて、興味は尽きなかった。

バスルームの奥の方にある窓から入る光が弱くなってきた。

ヨウコさんはすりガラスの戸を開けて出て行ってしまったので、ここからでもなんとなく太陽の様子がわかる。

たぶんもう夕方なんだろうな。 ツカサやマナミはもう少ししたら帰ってくるはずだ。


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