歯ブラシの気持ち



作 ・ ぼーずまん

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121話 帰らぬ父 

しばらくするとマナミも食事を終えたらしく、再びキッチンの水の音が聞こえてきた。

ヨウコさんは部屋に戻っている。 マナミも洗い物を終えると階段をのぼって部屋に向かったようだ。

居間とキッチンには誰もいない。 微かに夫婦の部屋からテレビらしき音が漏れているだけだ。

そういえばヒデキさんはいつ帰ってくるのだろう。 日によってバラバラみたいだけど・・・

「にゃー・・・」  ・・・ん!? この声はネコか・・・!?

昼間の惨劇がフラッシュバックする。 しかし彼は洗面所に入ってくることはなく、キッチンをうろうろしているみたいだ。

「ふぉっふぉっふぉ、相当ハラの減っているときの声じゃな。」 ゴン爺は笑う。

「はいはい、今行きますよー。」 ヨウコさんの声が聞こえた。


122話 2日目の仕事 

ネコって生き物はどうやら人間とは違う食生活を送っているらしい。

俺たちが必要とされないのもそこに理由があるのだろうか。 とにかくネコに歯みがきの習慣は無いのだ。

人間は歯みがきをしないと「虫歯」という病気になってしまうのだと聞いた事がある。

だからこそ俺達が存在するのだとも。

「なぁセドリック、ネコって虫歯はできないのかなぁ?」

「さぁ、どうだかな。 そういえば考えた事もなかったぜ。」 そう言うとセドリックは笑った。

そうこうしているうちに俺達の仕事の時間がやってきたんだ。

最初に出番が来たのがメリルだ。


123話 父・帰宅 

昨日と全く同じ流れだった。 入浴を終えたヨウコさんの歯をメリルは丁寧に磨き上げる。

濡れて戻ってきたメリルの白とピンクの2色ブラシが蛍光灯の光を反射してキラキラと光っている。

「ただいま〜♪」

仕事に対してはマジメなメリルは充実感にあふれていた。

メリルの「ただいま」のすぐあとに今度は男の声で「ただいま」が聞こえてきた。

玄関の方からだ。 どうやらヒデキさんが帰ってきたらしい。

「おかえりなさい。先にお風呂入っちゃったわよ。」

ヨウコさんは洗面所のドアを開けて、居間の方へ向かって言った。


124話 いよいよ 

ヒデキさんはどうやら食事を済ませてきたらしい。 2人の会話が居間の方から聞こえてくる。

それからヒデキさん、マナミの順番で入浴を終え、セドリックとジェシカは今日の仕事を終えた。

セドリックはヒデキさんの口臭がいつもよりキツイだとか、しばらく文句を言い続けていた。

「フォッフォッフォ!どうやらニンニクの臭いじゃな。」 博学なゴン爺がなだめる。

“にんにく”とかいう物はとにかく臭いが強い食べ物らしい。

仕事を終えたジェシカにはやはりドキドキさせられてしまった。 いつになったら慣れるのだろう。

そしていよいよ俺の出番が来た。 またあの長い作業時間がやってくる・・・


125話 別れの前夜 

ツカサが洗面所にやってきた。 昨夜の緊張感がよみがえる。

20分後・・・ 入浴後のツカサが俺を手にした。

また昨夜のように俺のブラシを水が濡らす。 そしてゴン爺を・・・

ん? なにか様子がおかしい。

さっきのジェシカまでのときよりもチューブを押し出す作業が手間取っているようだ。

もうほとんど中身が残っていないらしい。 ツカサは力ずくで残りの歯磨き粉をブラシの上に押し出す。

「フォッフォッフォ・・・ ワシも明日の朝の仕事でどうやら終わりらしいな・・・ フォッフォッフォ・・・」

か細い声でゴン爺は言った。

「そ、そんな! 俺はまだゴン爺にあって2日しか経ってないよ! まだ教えてもらいたい事がたくさん・・・」

「フォッフォッフォ・・・ これも定めじゃよ。 物にも動物にも寿命というものがあるんじゃ。」


126話 最後の夜 

約15分の歯磨きが終わった。 仕事中はいろんな事を考えないでいる事ができた。

水で洗われてコップに戻ってきたとき・・・ 俺はまともにゴン爺を見ることができなかった。

残量の無い歯磨き粉はこんなにも痩せ細ってしまうものなのだろうか。

俺と初めて昨日会ったときもすでに細かったのだが、今はツカサの指によって完全に平たくなってしまっている。

残り・・・ 最後の力を振り絞っても1〜2回。 明日の朝でゴン爺は・・・

仲間たちが皆、ゴン爺に感謝の言葉と惜別の言葉をかけていた。

歯ブラシだけでなく、エディーやボナパルト・・・洗面所の皆がゴン爺を労った。

俺とゴン爺の最後の夜がやってきた。


127話 ゴン爺の思い 

夜中。 ゴン爺は俺たちに自分の過去を話してくれた。

工場で作られた話。 売り場で恋をしてしまった話。 箱入りのヤツとのケンカの日々。

ヨウコさんの買い物カゴに入れられた話。 この洗面所に来たときの話。 みんなとの出会い。

「フォッフォッフォ・・・ 悔いのない終わり方じゃよ。」

「俺は・・・ 純粋に寂しいです。 もっといろんな話をしたかった・・・」

「歯磨き粉には歯磨き粉の、歯ブラシには歯ブラシの・・・ 各々の責任と使命をまっとうする事が大事なのじゃよ。」

「責任と使命・・・」

「フォッフォッフォ・・・ 答えの無い問いに悩んで悩んで悩んで悩んで、そこで初めて見える風景があるんじゃな。」

朝が来るまで俺たちは話し続けていた。 そして・・・ 別れの朝が来たんだ。



128話 さようならゴン爺 

ヨウコさん・ヒデキさん・マナミ・ツカサ・・・ 結局ゴン爺は4人分も持ちこたえた。

最後の雄姿を俺は一生忘れない。 本当の空っぽになるまでゴン爺は働いたのだ。

もう1gも残っていないであろう、平面になってしまったゴン爺を持ったままツカサは洗面所を出ていった。

さようなら、ゴン爺。 2日間の短い付き合いだったけど・・・ ありがとう。

俺は心の中でそっとつぶやいたんだ。


129話 驚愕のルーキー 

夕方・・・ 洗面所のドアが開き、外の光が入ってきた。

ヨウコさんだ。 手には何かを持っている。

どうやら新しい歯磨き粉みたいだ。 カチッ・・・ スイッチが入って全体が明るくなった。

ヨウコさんは無言で“新人”を俺たちのいるコップの中に入れた。

プラスチック製のキャップが下になっているので、コツン、と音がする。

「あら?どこかで見た顔ね。 まさかこんな所で会うとはねぇ。」

え・・・!?

ちょっ、ちょっと! お前は・・・ アクリィ!

「アクリィ? アクリィなのか?」

ゴン爺とは比べ物にならないほど中身が詰まっているボディには、見覚えのある3色のチューブが印刷されていた。

「ふふっ。3日ぶりといったところかしら?何をそんなに驚いているのよ。」


130話 そして・・・ 

ゴン爺の代わりにやってきたのは・・・ なんとアクリィだった。

ヨウコさんはあのコンビニをかなり使っているらしい。

ジェシカにアクリィを紹介した。 同じ売り場とはいえお互いの存在を知らなかったからだ。

3日目はそんな衝撃的な再会(俺にとっては2度目の衝撃だったが) のあった1日だった。

ツカサの長い歯磨きにもようやく慣れてきた。 ようやく本当の意味でこの洗面所に慣れてきたのだろう。

ジェシカ・セドリック・メリル・エディー・ボナパルト・・・ そしてアクリィ。 ほかのみんな。 

この仲間たちでこれから楽しい毎日を送ることになる。

朝も夜も仕事はつらいけど、これが俺たちの宿命なんだ。 

(歯磨き粉には歯磨き粉の、歯ブラシには歯ブラシの・・・ 各々の責任と使命をまっとうする事が大事なのじゃよ。)

ゴン爺の言葉が心に響いている。 俺は1人前の歯ブラシになれたのだろうか。

・・・きっと大丈夫。 

周りの仲間たちとお互いを励ましあいながら、笑いあいながらゆっくりとやってくさ。

・・・俺の旅はまだ始まったばかりだ。


アクリィ 「ところでさ・・・ アンタの名前、なんだっけ?」



                         歯ブラシの気持ち 第1部  完



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