歯ブラシの気持ち



作 ・ ぼーずまん

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11. 和解
 
その日、お隣さん(山切りカット)の列が3本から一度に1本になった。

若いカップルがおそろいで2本買っていったのだ。

残された1本・・・名前は「ヤマさん」というのだが、コイツとはケンカが相変わらず続いていた。

が・・・味方がいなくなってしまうと、急にヤマさんはおとなしくなった。

俺がここに出荷されて10日目の夜。

ヤマさんの方からすすり泣く声が聞こえてきた(周りに聞こえまいと一生懸命に声を殺していたみたいだ)。

俺は思った。・・・コイツも寂しいのだ。

次の日から少しだけ仲良くしてやるか。・・・そうダグラスと小声で話し合ったんだ。


12. ジェシカとの約束  前編 
 
いつも冷静で、俺たちより少し大人の女・・・ジェシカが今日買われていった。

もう夜中の3時を回った頃だろうか。一人の若い男がジェシカを手に取ったのだ。

「ふぅ・・・やっとこれでこの服を脱げるのね。あ〜狭かったぁ!」

当たり前の事だが、俺たちは1個づつ透明なプラスチックと紙製の個装をされている。

前からジェシカは「早く脱ぎたい」と言っていたのだが、さっきのセリフは明らかに強がりに聞こえた。

ジェシカは買い物カゴに入れられる間際、俺たちに向かって

「そんな寂しそうな顔してるんじゃないわよ。・・・最後にこれだけ約束してほしいの。・・・いい?」

俺とダグラスは寂しさを我慢して、ただうなずいた。

「あのね・・・」

  (後半につづく)


13. ジェシカとの約束 後編

「あのね・・・これからアナタたちがどんな人間に使われるかは分からないわ。

でもね、これだけは覚えといて欲しい。私たちは短い間だったけど、たしかに『仲間』だった。

たとえ今後どんなにボロボロになっても、私みたいな生意気で強がりな女がいたことだけは忘れないでほしいの。」

「もちろんだ。忘れるワケ無いだろ。」 ダグラスが言った。

「お前みたいなイイ女は他にいないぜ?」 俺が続いた。

ジェシカは買い物カゴに入れられる瞬間に

「またね・・・。」 とだけ言った。

それがジェシカとの最後の会話に・・・なるはずだった。

まさかあんなカタチで再会するとは。

その話はまたの機会に・・・。

 

14. ヤマさんの一言 

隣の山切りカットの列に新人達が入ってきた。

ヤマさんを先頭にして計6本になったワケだ。 新人が口を開く

「なんか・・・隣で売れ残っている2本って普通の歯ブラシっスよねぇ?

なんの特徴も無いから売れ残るワケだ!ヒャハハハハ・・・」

「私達は山切りカットに生まれてきて運がよかったわ!あはは・・・」

新人達の会話はこっちにまで聞こえてきた。ダグラスが何か言いそうになったその時・・・

「うるせぇよ!新人ども!お前ら何も知らないくせにお隣さんに対して勝手な口をきくんじゃねェ!」

それまで黙って新人達のやりとりを聞いていたヤマさんが怒鳴った。

生意気な新人達は急に静かになった。

このとき、俺とダグラスは純粋に少しだけ嬉しかったんだ。


15. とうとう3週間 


そろそろ俺たちがこのコンビニにやってきて3週間になる。

ダグラスやヤマさんもあいかわらず元気だ。

どうやらこのコンビニはラスト1本になると新しい連中が補充されるらしい。

俺が来たときは1本も列の先輩がいなかったので、従業員が発注をかけてから俺たちの到着までに売れてしまったことになる。

そんな事をボケーっと考えているときに、この3週間で一番の大事件が起きたんだ・・・



16. 衝撃  


俺が考え事をしているときにダグラスとヤマさんが何かを話していた。

どうやらこのコンビニの客足や客層についてのお互いの意見を言い合っていたみたいだ。

いつもの風景。平和な時間。

その時、俺たちの目の前に一人のオバサンが立った。ジッとこっちを見ている。

ダグラスが「・・・とうとう俺の番か?」とつぶやく。

オバサンがダグラスを手に取った。

ダグラスが最後の別れを言おうとしたその時・・・!


17. 事件 

まさに一瞬。

オバサンはダグラスを手に取ると、そのままズボンのポケットに押し込んだ。

俺もヤマさんも何が起きたのか理解できなかった。

普通・・・客はそのまま手で商品を持っていくか買い物カゴに入れていく。

・・・何かがおかしい。

オバサンは俺たちの前から去った。

「なんで・・・ポケットなんかに・・・?」

ヤマさんが言った。どうやら俺と同じ状況らしい。

「ダグラス・・・」

俺のつぶやきは店内のBGMにかき消された・・・。




18. トリコロール 

「ふーん・・・『万引き』ね。」

棚の下の方から声が聞こえた。

普段は全くしゃべった事はないのだが、何種類かのハミガキ粉が下にならんでいるのだ。

そのうちの1本、3色のチューブで有名な奴が俺たちに向かって言った言葉だ。

「人間って生き物はね、お金を払わないで勝手に売り物を持って行っちゃう奴もいるのよ?」

白と青と赤のチューブが書かれたパッケージが博識ぶって語った。

ダグラスに起きた突然すぎるアクシデント・・・

動揺していた俺はそのトリコロール女の言葉を黙って聞くしかなかったんだ。

「万引き・・・か・・・。」



19. バイト君  


俺達から角度的にオバサンが視界から消えた。

5秒くらいしたとき、若い男の従業員の声で

「そのポケットの中身を出してください。・・・警察呼びますよ?」

と聞こえてきた。 喜々とした声でトリコロールが言う。

「あら!バレちゃったみたいね。どうなるのかしら?うふふ・・・」

俺もヤマさんも固唾を飲んで耳を澄ました。

「え?なんのこと?」

オバサンはシラを切るつもりらしい。

「あそこの鏡でお客さんが歯ブラシをポケットに入れるトコ見たんですから。」


20. 生還 

俺たちから見えない所でオバサンとバイト君の言い合いが続く。

しばらくしてからバイト君が俺たちの前に立った。

そしてその手に握られているのは・・・

「ダグラス!」

「・・・ただいま・・・!」

バイト君の手でダグラスが俺の列に戻された。

「人間にもいろんな奴がいるんだなぁ。」

ダグラスが言う。俺も少し勉強になった。・・・ヤマさんが

「ふん、なんだよ帰ってきたのかよ。別にあのまま盗まれちまってもよかったのによ。」

と毒気づく。 ・・・でもその声はとても嬉しそうだったんだ。


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