歯ブラシの気持ち



作 ・ ぼーずまん

  1話〜10話  11話〜20話 21話〜30話  31話〜40話

 41話〜50話  61話〜70話 71話〜80話  81話〜90話

91話〜100話 101話〜110話 111話〜120話 121話〜最終話
 

51話  家族の食事   


居間の方から4人の会話が聞こえてきた。

内容はツカサの野球部の話だとか、マナミの学校の成績だとか、俺にはよく分からない話ばかりだった。

ほとんどがツカサとマナミの会話で占められているようだ。

「そういえば、ツカサはこないだのテストはどうだったんだ?」

父親の声は本当にツカサに似ている。 もちろん違いは分かるけど。

人間の子供ってのは親にどこかしら似ているらしい。 ・・・アクリィがそんな事を言っていた気がする。

「4人で夕飯を食べるのって久しぶりなのよ。」 ジェシカが言った。

「俺はイマイチ人間の家族ってヤツがよく分からないんだけど。」  今日来たばかりだし、しょうがない。

「私だって他の家のことは分からないわ。 この家では4人とも仲は良いみたいよ。」

「ふ〜ん・・・ 仲の悪い家族ってのもあるのかい?」

「どうでしょうね。 そもそも人間って生き物自体がよく分からない部分が多すぎるのよ。」

ジェシカの言う通りだ。 コンビニでもいろんな奴を見てきたが、人間にもたくさんの種類がいるみたいだ。


52話 兄妹 

「マナミはやっぱり学年1ケタを狙ってるのか?」 ツカサの声だ。

「う〜ん・・・ 中学と同じってワケにはいかないよ。」 マナミが返す。

どうやら学校の「中間テスト」とやらについて話してるらしい。 俺にはよく分からないが。

「ウチの学校はそんなにレベル的には高くないだろ? 特に1年のテストは。」

「そんな事ないよー。 数学とか結構難しかったと思うケド・・・。」

「中学3年間でずーっとトップ3を守ってた奴が何を言ってるんだか。」

「そう言うお兄ちゃんはどうなの? あんまり勉強してなかったでしょ?」

「俺は今は野球一筋なんだよ。 なんてったって最後の大会だからな。」

「ふ〜ん・・・。」

4人が食事を始めてから15分くらい経ったか。 相変わらず兄妹の会話は続いていた。


53話 食事の終わり 


「ごちそうさま・・・ さて風呂にでもするかな。」 父親が言う。

「あら、食器片付けてくれるなんて珍しい。 会社でいい事でもあったの?」

「ん? 今年の夏のボーナスが結構アップするって話で盛り上がってね。」

ボーナスってなんだ? 初めて聞く言葉だ。 

そろそろ食事も終わりなんだろうか。 ツカサとマナミも「ごちそうさま。」 と続く。

「マナミの野菜の切り方は、まだイマイチだったな。」

「文句言うくらいなら、今度はお兄ちゃんがやってよ!」

「俺だって大きさを揃えて切ることぐらいはできるって。」

4人の笑い声が聞こえてくる。 カチャカチャという音は食器を片付ける音だろうか。

それに続いて水を流す音。 これは皿でも洗っている音なんだろう・・・

そんな事を考えていると、急に洗面所に誰か入ってきた。


54話 鏡  

突然のことで少し驚いた。 ・・・若い男。 彼がツカサかな?

「ん? ツカサ、風呂か? なんなら先に入っちゃってもいいぞ。」 後ろから父親の声。

「うん? ちがうちがう。 なんかアゴがかゆいなーって思って鏡見たら、蚊に刺されてた。」

ツカサは洗面台の鏡をのぞきこんでいた。 アゴをなにやら触っている。

艶のある黒髪を刈り上げ、全体的に色黒なのが印象的だった。

決して体格は大きい方ではないが、シャツの上からでも鍛えて引き締まっている体のラインが分かる。

どこかで一度見たことが・・・

そうだ、思い出した。 コンビニでジェシカを手にとったのが彼なんだ。

・・・さっき彼女も言っていたじゃないか。

凛と澄んだブラウンの瞳が鏡から目線をはずす。 

そして指についたソースのようなものをサッと水で流すと、脇にかけてあったタオルで軽く拭いて、居間の方に戻っていった。


 

55話 風呂  


しばらくすると足音が居間の方から、俺たちの上の方にかけて聞こえてきた。

「なんで足音が上に?」 ゴン爺に訊いてみた。

「2階じゃよ。 ふぉっふぉっふぉ・・・ 上の階に兄妹の部屋があるんじゃ。」

「はぁ・・・ 2階・・・ ですか。」 やはり今日は初めての事だらけだ。

人間の世界には分からないことが多すぎる。

その時、また誰かが洗面所に入ってきた。 ・・・父親だ。

彼はツカサと違って、電気のスイッチを押して明かりをつけるとドアを閉めた。

急な事だったので、少し眩しかった。 コンビニや居間とは違う、薄いオレンジ色の明かりだった。

明るくなって気が付いたのだが、居間に通じるドアのほかにもう1つドアがある。

ガラス製みたいだが、全く向こう側が見えない。 あっちはなんだ?

父親は急に着ていた服を脱ぎ出して足元のカゴに入れ始めた。

「なぁジェシカ・・・ なんで彼は服を脱いでるんだい?」

「これから『お風呂』。 そっちのバスルームで体をキレイにする作業よ。」


56話 男の背中 

バスルーム・・・? ああ、このガラス戸の向こう側か。

「人間は毎日・・・その『お風呂』ってヤツをやるのかな?」

「そうね・・・ だいたいほぼ毎日かしら。 キレイ好きな生き物なのよ。」

「ふ〜ん・・・」 

父親の方を見る。 服の上からでは分からなかったが、なかなか肉付きが良い。

多少、中年太りなところがあるが、背中や胸などにしっかりと筋肉がついている。

「コンビニでいろんなオジサンを見てきたけど・・・ この人の体は他のオジサンとは違うみたいだな。」

「よく趣味で山登りや釣りに行ってるらしいぜ。」 セドリックが言う。

さっきのツカサも鍛えられた体を持っていた。 運動が好きな親子なんだろう。

父親の背中に目をやる。 ・・・大きな背中。 壁みたいだ。

彼はガラス戸を開けると「バスルーム」とやらに入っていった。


57話 歯ブラシの仕事 

ガラス戸の向こう側から水の音がする。 聞き慣れない音もあったが、ゴン爺がシャワーだと教えてくれた。

15分くらい経っただろうか。 俺がゴン爺や仲間たちにいろいろ質問していると、ガラス戸が急に開いた。

当たり前だけど、父親の体は濡れていた。 雨に打たれたみたいだ。

壁にかかっている大きなタオルで体を吹き上げると、新しい下着とシャツを身に付け鏡の前に立った。

まだ湿っている髪を簡単に整える。 

「さーて、俺の出番かな。 新人君、歯ブラシの仕事ってヤツを教えてやるぜ。」

セドリックが言った。


58話 セドリック出陣 


鏡の中の父親はアゴを手で撫でていた。 ヒゲの伸び具合を確認しているらしい。

そしてセドリックを左手に持つ。  あ・・・ 鏡だから実際には右手か・・・。

慣れた手つきでゴン爺のフタをはずすと、中身を1cmくらい出した。

「ん? ゴン爺、また少し痩せたな。」 セドリックがゴン爺に話しかけた。

「ふぉっふぉっふぉ! 痩せる一方なのは当たり前じゃ。」

セドリックのブラシ部分に白い帽子のように歯みがき粉が乗っかる。

そしてセドリックは口にくわえられた。 ブラッシングの音が一定のリズムで洗面所内に響き渡る。

「あいかわらずこのオッサンは力が強いぜ。 これじゃあ先週みたいに歯グキから血が出ちまうぞ!」

「セドリックはいっつも大変ねェ♪」 メリルが茶化した。


59話 帰還 

「先週、ブラッシングの力が強すぎて歯グキから血がでちゃったのよ、彼。」

ジェシカが教えてくれた。 ・・・俺たちの仕事ではそんな事もあるのか。

「セドリック、スッゴイへこんでたんだヨ♪ キャハっ♪ 今日もあやしいかも♪」

メリルは他人の不幸を楽しむクチらしい。 もし自分だったらと思うとあまり良い気分ではないが。

1分〜2分くらい経っただろうか。 彼は「ペッ」と、泡だった白い液体を吐き出す。

蛇口をひねり、水で流した。 そのままセドリックのブラシを流水でキレイにした。

「ふぅ・・・ 今日はどうやら大丈夫だったみたいだぜ。」 安堵の声が聞こえる。

再びセドリックは俺たちの待機しているコップの中に戻された。

コン、と小さな着地の音がコップの内側に反響して聞こえた。

「ただいま、っと。」


 

60話 濡れたブラシ 

セドリックのブラシはまだ少し濡れていた。

洗面所の蛍光灯の明かりを反射してツヤツヤと光っている。

主である父親は、何度かうがいをして鏡で自分の顔を軽く確認していた。

傍らのタオルを手にとり、口元の水分をポンポンと拭きあげる。

一連の動作は手馴れたモノだった。 毎日の作業だからだろう。

「どうだい? 新入り君。 これが『仕事』の流れってヤツだぜ。」

セドリックが話し掛けてきた。 

「なるほど・・・ これが『歯みがき』ってヤツなんだね。」

「そう。 時間にして数分の短い作業さ。 でも人間にとっては大切な習慣らしいぜ。」

「ほかの3人もあんな感じなのかい?」

「まぁ・・・ だいたいそうかな。 ツカサは念入りに磨くから少し長めだけど。」

少し長め・・・ といってもそんなには大差はないのだろう。

・・・この時はまだ、俺はタカをくくっていたんだ・・・。



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