歯ブラシの気持ち



作 ・ ぼーずまん

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91話〜100話 101話〜110話 111話〜120話 121話〜最終話


61話 メリルの存在  

父親が洗面所を出て行って20分くらい経った。

その間もみんなはいろんな事を教えてくれた。 俺にとっては初めて聞く話ばかりだ。

コンビニと家の中では全くの別世界なんだ。 ・・・当たり前だけど。

人間の生活習慣は本当に興味深い。  俺たち歯ブラシよりも「個性」が細かく分かれているのがよく分かった。

そして母親が洗面所に入ってきた。 スイッチの音と共に、再び室内が明るくなる。

「今度はワタシね♪」 メリルはどことなく嬉しそうだ。 

「このコは意外と仕事好きのマジメなトコがあるのよね。」 ジェシカが言った。

「あは♪ 『意外と』・・・って失礼じゃん♪ もう・・・」 みんなが笑う。 このコは洗面所のムードメーカーなポジションらしい。

そして母親・・・ ヨウコさんも風呂の準備にとりかかった。



62話 それぞれの仕事 

約20分後、セドリックと同じ流れでメリルが仕事の配置に着く。

お風呂あがりのヨウコさんは濡れた髪をまとめあげていたので、印象が全く違っていた。

うっすらとしていた化粧もキレイに落ちている。 

歯みがき粉を乗せたメリルを口へ運ぶ。 口紅も落ちているので、さっきと色がちがう口元だ。

そしてブラッシング。 セドリックのときと比べると音の大きさが全く違う。

こんなところにも人間の個性が分かれているらしい。

磨いている時間は父親と同じくらい。 でもそれは「優しい」ブラッシングだったんだ。

「これくらい弱い力の方がブラシが長持ちするんだよな。」 セドリックがつぶやく。

「メリルの方が先輩じゃが、おぬしの方が短命そうじゃな。ふぉっふぉっふぉ・・・」

「そりゃないぜゴン爺・・・ はぁ・・・」

セドリックが肩(?)を落とした。



63話 そしてジェシカが 

銀色に鈍く光っている蛇口が勢いよく水を吐く。 ブラッシングの音と入れ替わりで流水音が室内に響く。

キレイになったメリルがコップの基地へ帰ってきた。 「たっだいまァ〜♪」

続いて「うがい」の音。 よくまぁ人間はこんな変な音を出せるものだ。

何度かその「変な音」を聞いた後に、キュッ、と蛇口を閉める音。

父親と同じように、ヨウコさんは口元をタオルで拭うと洗面所のドアを開け、出て行ってしまった。

カチッ、とスイッチの音がするのと同時に、再び室内は暗くなった。

「マナミ〜! お風呂あがったわよぉ〜!」 居間の方からヨウコさんの声が聞こえる。

「は〜い・・・」 2階から少女の小さな声が聞こえる。 

「すぐに来るのかな?」 ジェシカにたずねてみた。

「この時間は彼女の大好きなドラマがやってるから、もうしばらくしてからね。」

いつもの沈着冷静な声が返ってきたんだ。


64話 マナミの生活 

「最近の彼女はドラマが終わる時間にならないと1階には下りてこないのよ。」

「ドラマ・・・って、テレビの?」

「そう。 ほとんどの曜日の連続ドラマを見ているみたいね。 今日は月曜だから絶対に11時以降よ。」

なるほど。 歯ブラシは毎日使うものだ。 自然と、主人の大まかな行動パターンが読めるのか。

居間の方からは何も聞こえなくなっていた。 両親ともに寝室に移動したみたいだ。

「なぁジェシカ・・・ マナミってどんな人間なんだい?」

「う〜ん・・・ 普通の高校生よ。 たまに携帯電話で友達と話してるのが聞こえてくるわ。」

「携帯電話って、あの小さいヤツか。」

コンビニで2〜3回ほど見かけたことがある。 初めて見たときはかなり不思議な光景だったのを覚えている。

「彼女・・・ 憧れの先輩がいるとかで、よく友達に相談しているみたいね。」

「それって、人間の言う『恋愛』ってヤツなのかな?」

「さぁね。 さすがにそこまではワタシも分からないわよ。」 


65話 女子高生の恋の話 

「ふ〜ん・・・ 憧れってのは恋と違うのかい?」

「ふふ。 男には分からないかもね。 乙女心は複雑なのよ。」 

「そうよ♪ ホント男って女の子の気持ちを全然理解してくれないんだから♪」 メリルが食いついてきた。

女ってのは、人間も歯ブラシもどうしてこう「恋の話」が好きなんだろう。 セドリックはわざとこちらを無視しているし・・・。

男1人 対 女チームになると、圧倒的にこちらが不利なのを早々に悟った。

「マナミが友達に話してるのを聞いたケド、ツカサの親友の事が気になっているみたいヨ♪」

メリルはこのテの話題に関しては記憶力が良いらしい。

「ふ〜ん・・・。 兄としてはどうなんだろうね。」

「妹を子供扱いしているところがあるから、ほっといてるんでしょうね。」 相変わらずジェシカは大人な意見だ。

たしかテレビドラマってヤツは恋愛の話が多い、ってアクリィが言ってた気がする。

なるほど、「恋に恋するお年頃」ってヤツなんだな。 

「ふぉっふぉっふぉ・・・。」 俺たちのやりとりを横目に見ながらゴン爺は楽しそうに笑っていた。


66話 夜も深まり 

かなり時間が経ったと思う。 ・・・恋愛話もようやく落ち着いてきた。

「そろそろマナミが降りてくる時間じゃないか?」 久しぶりにセドリックが口を開いた。

「あら? もうそんな時間?」 話に花が咲くと時間の感覚が狂う。ジェシカだって例外じゃない。

そのとき、階段の方向から足音が聞こえてきた。 ビンゴといったところだろう。

「お兄ちゃん、先にお風呂入るからね〜!」 マナミの声。

どうやら2階のツカサに声をかけたらしい。

「はいよー。」 ツカサの声が遠くから聞こえる。

足音が近くまできたとき、もう聞き慣れた「カチッ」という音とともに洗面所は明るくなった。




67話 響く着信音 

マナミが洗面所に入ってきた。 ゴン爺が言うには、ここは脱衣所ともいうらしい。

ドアを閉めるとマナミは鏡に顔を近づけた。 細い指が頬をさする。

少しだけ表情が曇ったのがここからでもわかる。

「あら♪ 肌あれでも気にしてるのかしら?」 メリルが言う。

人間ってのはどうもデリケートな生き物らしい。 さっきのツカサも虫刺されを気にしていた。

俺からすれば、多少肌があれてても虫に刺されてても、そんなに鏡で気にする事はないと思う。

でもこれが人間の「思春期」とかいう現象なのだろうか。 よくわからない。

そのとき、聞きなれない音楽が室内に響いた。 突然の事なので少し驚いてしまった。

「これはケータイの音だよ。」 セドリックが笑いをこらえて教えてくれた。

みんなの落ち着きぶりから察するに、過去にも何度かあったのだろう。

「マナミはどこにでもケータイを持っていくのよ。」 ジェシカが補足する。

マナミは手に持っている赤いケータイを見ると、慌ててボタンを押した。 ・・・音が止んだ。


68話 ケータイ 

「もしもし・・・ うん、大丈夫だよ。」 室内にマナミの声が凛と響く。

周りが静かなので、相手の声もなんとなく聞こえてきた。 女の声だ。

「え? これからお風呂入るとこだよ〜。 トモは? ・・・うん、全然平気だって。」

どうやら相手は学校の友達らしい。 ただの暇つぶしか・・・。

学校のテストの話や教師の話、部活の話などで盛り上がっていた。

「・・・ちょっとー! エンドウ先輩は関係ないじゃん! もうなに言ってんの!」

エンドウ先輩・・・? 初めて聞く名前だ。

「もう! なんであの人が出てくんの! まったく、そんなんじゃないんだから・・・。」

電話の向こう側から笑い声が微かに聞こえてくる。 

マナミも茶化されているワリには嬉しそうだ。 イマイチ年頃の女心は理解に苦しむ。


69話 会話の内容 

どうやらマナミが憧れている「エンドウ先輩」のことを、友達は茶化して話題にしているらしい。

こういった話題になると人間も長話になる。 すでに電話がかかってきてから15分を過ぎていた.

「うん。 ・・・それじゃあ、また明日ね!」

マナミはケータイを切ると、「ふぅ・・・」 と小さくため息をついた。

明日会える人間となんでわざわざ長電話で盛り上がるんだろう?

ジェシカ達に訊こうと思ったが、「これだから男は・・・」 と言われるのが容易に予想できた。

マナミは棚にケータイを置くと、ようやく服を脱ぎはじめた。


70話 生活習慣 

服を全て脱ぎ終わると、少女特有の体つきが目に入った。

スッとガラス戸を開ける。 

証明のスイッチの下にもう1個スイッチがある。 なんでも「換気扇」という装置なんだそうだ。

マナミは2本の指で同時にスイッチを押した。 カチカチッと音がする。

ヒデキさんとヨウコさんは1個ずつ押していた。 細かな性格の違いがこんな所に露呈している。

・・・シャワーの音が聞こえてきた。 すりガラス越しに肌色が動く。

「さーて・・・ あとちょうど30分くらいかしら。」 ジェシカが言った。

毎日の習慣だから、主人の入浴時間もだいたい分かるみたいだ。


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