ハリー堀田と ケンちゃんの石 |
文 ・ 画 ぼーずまん
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薄暗いアパートの一室に男の声が響く。 その声に反応する人間は1人もいない。 男は灰皿から吸殻を1本取ると、口にくわえてライターで火をつける。 「けほっけほっ・・・。」 時計は夜7時をまわろうとしている。 窓を開けると蛾が1匹入ってくる。 男はそれには気づかない様子で煙草をくわえたまま寝転がり、天井を見上げる。 ゆるやかに昇っていく煙。 ゆるやかに過ぎていく時間。 外はすっかり真っ暗になっている。 「はぁ・・・つまんねぇなぁ・・・。」 もう一度、男は同じセリフを噛み締めた。 その声は木造モルタルで作られた壁に反響してゆっくりと闇に消えていく。 ・・・男の艶やかな額には部屋に1本しかない蛍光灯の光が反射している。 ジジッ・・・、と蛍光灯が数回点滅した。 もうそろそろ切れる頃かな・・・男はそんな事を思いながら煙草を灰皿で揉み消した。 男はそのまま万年床の煎餅布団に大の字になった。 巨大な饅頭のような腹が地面に落としてしまったゼリーのように揺れる。 「はぁ・・・。」 さっきから溜め息をついてばかりだ。 男は天井のシミを数え始めた。 「16・・・17・・・あ、ちがう。さっき数えたヤツか・・・。」 部屋に紛れ込んだ蛾が、唯一の蛍光灯の光に吸い寄せられるように天井の中央をフラフラと飛んでいたと思ったら、消えた。 どうでもよくなった男はシミを数えるのを途中でやめ、蛾の動きを目で追っていた。 しかし一度見失ってしまった標的はとうに窓から外へ出てしまっていた。 白い煙が部屋に充満している。 男は上半身を起こすと、けだるそうな仕草で頭を掻いた。 ・・・そのまま窓の外に目をやる。 夜空に電線とビルが切込みを入れている。 僅かではあるが風が入ってきていた。 梅雨を控えた6月の生ぬるい空気は男の綺麗に揃えられた前髪を揺らした。 煙草とカビの臭いで汚染されている部屋に住んでいる男にとっては、排気ガスで汚染されている都会の空気でさえも新鮮に感じられた。 ・・・強烈な尿意が男を襲っていた。 男は立ち上がると頭を掻きながらトイレのドアを開ける。 薄汚れた天井の片隅では1匹の蜘蛛が巣を張っていた。 |