ハリー堀田と
    ケンちゃんの石

                                   文 ・ 画 ぼーずまん



             

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  第15回  〜 12時間経過 〜


 【現在AM 7:08】

泣き疲れたハリーが眠りに落ちて30分が経過した。

ケンちゃんは体育座りのポーズのまま煙草をふかしている。

空腹の限界を迎えた彼の視線の先にはヨタヨタと力無く動く1羽の鳩。

股間の痛みはどうやら峠を越えたらしい。

しかし、尿道結石特有の尿意の多さはたびたび彼に一定の激痛を与えている。

彼の意識の奥底に眠る野生の本能は、1つの悩みを彼に与えていた。

もちろんケンちゃんの今抱えている悩みは痛みに関するものではない。

煙草の白い煙の向こう側でうらめしそうにこっちを見ている鳩がローストチキンに見える。

胃袋が情けない音を発している。

そして最も障害となりうる飼い主は意識を失っているのだ。

そう…チャンスは今しかない。

親友の大切な存在と自分自身の欲望。

天秤が揺れる。

ハリーが眠りに落ちてから、程度の低い葛藤が続いている。

黒いガラス玉のようなふみえの瞳が怯えた色をたたえてケンちゃんを見ている。

細い足にくくり付けられた細いヒモが行動を制限している。

そもそも折れ曲がってボロボロになってしまった羽では何もできない。

ふみえの運命は完全にケンちゃんの手のひらの上にあった。

水面下で繰り広げられる心理戦。

下手に暴れてケンちゃんを刺激してはいけない。

ふみえはケンちゃんの出方をうかがっている。

ケンちゃんの一挙手一投足をその視界からはずす訳にはいかない。

対するケンちゃんはそんな相手の考えを見透かしているのか、全く動こうとしない。

圧倒的に自分の方が優位な立場にあるのだ。

葛藤している自分を楽しむ心のゆとりに身をゆだねている。

そして視界にふみえを固定したまま灰皿に吸殻を押しつける。

その時、限界を迎えた胃袋が再び情けない音をあげた。

それがゴングになったのかもしれない。

ケンちゃんが動いた。

ゴムボールのように柔らかい右手が、かろうじて立っていたふみえを掴む。

ふみえは一生懸命にヒモを引っ張る。

助かる道は一つしかない。

なんとしても飼い主を起こすのだ。

眠りに落ちたばかりのハリーは起きる気配が全くない。

早く…早く起きてくれ…

今まで恨みさえ抱いていた男の力に頼るのは心が痛む。

しかし、今はそんな事を言ってられない。

己の命が掛かっているのだ。

「ごめんねロースト…ごめんね。」

ケンちゃんは何度もつぶやきながら左手も添えた。

両手でふみえを包み込むような格好である。

そして彼の中ではすでにふみえは“ロースト”という名前になっている。

…万事休す、か…

その時、ふみえには亡き妻が見えた気がした。

…いま、会いにゆきます。

そこでふみえは意識を失った。





                つづく


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