ハリー堀田と
    ケンちゃんの石

                                   文 ・ 画 ぼーずまん



             

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  第16回  〜 13時間経過 〜


 【現在AM 8:14】

よろよろとハリーはその疲れきった体を起こした。

まるでスローモーションのような動きでズレていたメガネを戻すと、挙動不審な動作で周りを見回した。

「おはようハリー…」

「…いつの間に寝ちまったんだ?俺は。」

ケンちゃんは口の周りに付着していた食べカスを急いでティッシュで拭き取ると、ゆっくりとハリーの方を向いた。

「1時間半くらい寝てたよ。」

「そうか…。あれ?ふみえは…?」

数秒の間が開いた。

時計の秒針が己の存在を誇張するかのように音を刻む。

それをかき消すかのように窓の外から車のエンジン音が聞こえてくる。

「…ケンちゃん?ふみえは?」

「ふっ…ふふふ…!」

ケンちゃんは視線を薄汚れたモルタルの壁に固定しながら笑い出した。

「ケンちゃん?」

「どうだいハリー?俺も手品を使えるようになったよ。ふふふ…」

相変わらず視線は定まらない。

「あのハトを手品で消したんだ。どう?すごいでしょ?」

ハリーは目をこすりながらもケンちゃんの方をまっすぐ見つめた。

外からはスズメの鳴き声が聞こえる。

ゴクリ…

ケンちゃんのノドが鳴った。

「ケンちゃん…」

「な、何?」

「すげぇ…すげぇよ…」

ようやくケンちゃんはハリーの顔を見た。

そこにはなんとも言えない奇妙でいびつな笑顔が張り付いている。

「すごい?」

「ああ。俺でさえ出す事はできても、消す事はできなかったんだ。ホントにケンちゃんスゴイよ。」

「だ、だろ?…俺もハリーには負けられないからさっ!一生懸命に手品の勉強をしたんだぜ?」

ハリーは、うんうんとうなずきながら「やるなぁ」と連呼している。

「さすがはケンちゃんだぜ。俺は弟子はとらない主義だったんだが、ケンちゃんだったら弟子にしてもいいな。」

「ホントに!?」

「おう。弟子1号の誕生だ。今日からケンちゃんの新しい人生のスタートだ!」

メガネの奥のつぶらな瞳が細くなった。

長年、微妙なバランスで続いていた2人の友情はまたさらに強くなったのかもしれない。

「さぁ、ケンちゃんの新しい誕生日を祝おう!今日はめでたい日だ!」

「う、うん!ありがとう、ハリー!」

「でも冷蔵庫の中の肉とプリン、さっき全部食っちまったんだよなぁ…」

「あ!それなら大丈夫!鶏肉の残りを冷蔵庫に入れといたから…!」

「…鶏肉?」

時間が止まった。

ケンちゃんの額を脂ぎった汗がツーっと落ちる。

「…まさか…ケンちゃん…」

「あ!えっと!その…なんと言うか…あの…」

「金を隠し持ってたのか!肉を買う金があんのに、なぜ病院に行かないんだ!」

ハリーはおもむろに怒鳴りつけた。

もちろんこれは親友の体を気遣った発言であり、言葉には優しい温もりがあった。

「ご、ごめんよ、ハリー!」

「わかれば良いんだ、わかれば。こっちこそ大声出してごめんな。…さ、気を取り直してパーティをやろう!」

「うん!」

「ケンちゃん、2人だけじゃ寂しいから、ふみえを出してくれ。」

立ち上がろうとしたケンちゃんの動きが止まる。

「…ケンちゃん?」

その瞬間である。

「ぷぎゃあああああああああ!」

ケンちゃんは大声で泣き叫ぶと、両手で股間をおさえた。

「あそこが!あそこがまた!…痛ぇぇぇ!ちくしょう!痛ぇよぉう!」

「だ、大丈夫か!?」

ハリーは慌てふためいた。

この1時間後、ハリーはとてつもない手品を披露する事となる…



                つづく


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