ハリー堀田と
    ケンちゃんの石

                                   文 ・ 画 ぼーずまん



             

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  第3回  〜 数分経過 〜


 【現在PM7:14】

「一体何があったんだ!?・・・しっかりしろ、ケンちゃん!」

ハリーの思考回路はパニック状態に陥っていた。

とにかく布団に運ばなくては・・・ハリーはケンちゃんの上体を持ち上げようとした。

ケンちゃんの着ている白いシャツにも汗が染み込んでおり、持った瞬間にハリーの掌は強烈な不快感に支配される。

「ぐあッ!痛い!」

「だ、大丈夫か!?動けないのか!?」

ケンちゃんは顔面蒼白になっていた。

初めて見る親友の顔色の悪さに、中学校からの長い付き合いであるハリーを嫌な予感が襲った。

「とりあえず・・・ケンちゃん、何があったんだ?」

「・・・俺とした事が・・・何か・・・しくじっちまったのかもしれない・・・。」

つぶらな瞳に涙を溜めながらも、ケンちゃんは必死に笑顔を作った。

まるで死を覚悟しているかのようだった。

こんな時、親友としてどんな対応をして良いのか・・・ハリーの頭はパンクしそうになっていた。

「大丈夫、大丈夫だ。俺が助けてやる。・・・だから諦めるな!ケンちゃん!」

ケンちゃんの滑らかで艶やかな両頬を涙がツー、と伝う。

そして洪水がダムを押し流すかのようにボロボロと涙が溢れてきた。

「ハリー・・・いくら手品師のお前でも、たぶん無理だ。こんな痛みは生まれて初めて・・・ぐっ!」

ケンちゃんの表情が激痛に歪む。

ハリーの大きな眼鏡のレンズには裸電球が反射しており、ケンちゃんからは表情が判らなかったが、もしかしたら小さな両目を涙が潤しているのかもしれない。

「ケンちゃん・・・絶対に助けてやる!・・・俺には手品がある!きっと助かる!」

「ハリー・・・。」

ケンちゃんのつぶらな2つの瞳に、僅かな希望の光が灯った。

「原因に心当たりはないのか・」

「・・・原因?・・・よく判らない・・・トイレで用を足していたら急に、だ。」

「じゃあ・・・激痛の場所というのは・・・!?」

ハリーは視線を下に動かした。

ケンちゃんの巨大な饅頭のような腹の肉に隠れて見えなかったが、どうやら両手で股間を押さえているらしい。

「そうか・・・そこ・・・か。」

「ああ。大変な事になっている。・・・痛っ!」

涙と脂汗が横に割れたアゴから水滴となってシャツの上に落ちた。

湿っていたシャツに新しいシミが地図を作る。

「・・・急に・・・か。」

「急に、だ。」

そこで初めてハリーは自分も汗をかいている事に気が付いた。

梅雨を控えた6月の湿った熱気と、狭い小部屋に40手前の巨漢と2人でいるという現実がハリーに妙な息苦しさを与えていた。

「とりあえず・・・ここ・・・出ないか?・・・なんとか動けないか?」

「痛いけど・・・ガマンすれば、何とか・・・。」

ケンちゃんは涙をボロボロこぼしながら徐々に体をずらす。

「くそっ!・・・痛ぇなぁ・・・ちくしょう・・・。」

「頑張れ!頑張るんだ、ケンちゃん!・・・ゆっくりでいいぞ。俺はネタを仕込んでおく。」

そう言うとハリーは煎餅布団が敷きっぱなしになっている6畳に移動した。

・・・空気が淀んでいる。

半分ほど開いた窓からは、もう風は入ってはきていない。

1匹の蛾が薄明るい蛍光灯の周りでダンスを踊るかのように舞っていた。

ハリーは部屋の片隅に小さな丘のように積まれている洗濯物を手早く丸め、クッション代わりにして腰を下ろした。

ゴソゴソ、とポケットの中から何かを取り出す。

どうやら彼の“商売道具”のようだ。

「ぐっ!痛ぇ!ちくしょう・・・。」

白いキングサイズのワイシャツが汗でピッタリと張り付いている巨体が、トイレでもがいていた。

「ケンちゃん・・・どうだ?出れるか?」

「ダメだ。・・・これ以上は、ダメだ。痛い!・・・ふっ、情けないな。自分の家のトイレが最期の死に場所だなんて・・・まぁ、俺にはふさわしいのかも・・・な・・・。」

「そんな事を言うな!絶対に俺が助ける!俺の手品の腕を信じろ!」

ハリーは腰を上げると、ゆっくりとケンちゃんに近づいた。

ケンちゃんはトイレの入り口にたどり着く事も出来ず、汚れが所々に目立つ床に尻餅をついた格好で動けなくなっていた。

「そういえば・・・あのオヤジさんはどうしたんだ?」

「ああ・・・タイミング悪く旅行中だ。ちくしょう。」

ケンちゃんの両手は彼の股間をしっかりと押さえていた。

手の甲にも玉のような汗をかいている。

そのいくつもの水晶玉は光を反射して神秘的な光を放っていた。

ハリーの太モモくらいあるであろうケンちゃんの両腕は肉に埋もれて半分が見えない状態になっている。

「今、見てやる。ケンちゃん、手をどけてくれ。」

ケンちゃんは無言でコクリとうなずくと、首とアゴに幾重もの深いシワが刻まれ、そのシワからは汗と涙の混合物と思われる液体が小さな滝を作った。

ハリーは勇気を振り絞ってケンちゃんの股間に手を伸ばした。

汗で湿った腹の肉がハリーの両腕にプニョンと乗っかる。

眼鏡のツルに汗の感覚を覚える。

ハリーは肉を押しのけながらも、ようやくケンちゃんの半ズボンのチャックに手が届いた。

しかし、ハリーの指に触れたのは硬質な金属の感触ではなく、生温かく湿った油揚げのような柔らかい異物であった。

・・・ケンちゃんは最初からチャックを閉めていなかったのだ。

そして股間周辺は温かい水分で広範囲が濡れていた。

「ケンちゃん・・・用を足している最中に・・・急に、だったよな。」

「急に、だ。」

ケンちゃんは痛みをこらえて真剣な表情を作った。

「もしかして・・・そのまま・・・か?」

「そのまま、だ。」

アパートの前の道を1台の車が通り、その音が木造モルタルの壁に囲まれた部屋の中に微かに響いた。

トイレの片隅では、相変わらず1匹の蜘蛛がせっせと巣を作っている。

                つづく

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