ハリー堀田と ケンちゃんの石 |
文 ・ 画 ぼーずまん
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第8回 〜 5時間経過 〜
押しては返し、押しては返す波が幾度となく彼の下腹部を襲う。 この汚いアパートに寄ってから5時間が経とうとしていた。 彼がなぜ、ここにいるのか・・・本来の目的はとうに忘却の彼方へと吹き飛んでいる。 室内を重く湿った空気が支配している。 汗が1滴・・・また1滴と彼の額を伝って落ちていく。 「うぐ・・・うぐ・・・うぐぐ。」 木製のドアの向こう側から奇妙な声が聞こえてくる。 彼の思考回路において、この声の主の存在はもはや耳障りな音を出す置物でしかない。 それよりも己の身をなんとかせねば・・・ トイレに閉じこもって間もなく1時間になろうとしている。 このままでは自分が脱水症状で死んでしまう。 ・・・ハリーはこんな所で死ぬわけにはいかないのである。 彼の心の奥底・・・潜在意識といっても良いくらいの深さに、とてつもない生への執着が存在する。 もうすぐこの世に生を受けて40年になろうとしている。 その40年の間にまだまだやり残した事が無数にあるのだ。 まだ「チャーシュー麺」を一度も食べた事がない・・・ まだ女性と一度も手をつないだ事もない・・・ まだペットボトルのミネラルウォーターを買った事が・・・ 「うぐ・・・は・・・はるぃぃ・・・!」 もはや断末魔といっても過言ではないようなうめき声が響く。 一瞬、ハリーの脳裏に大切な親友の顔が浮かんだ。 「・・・あ。」 ようやく現在の状況を思い出したハリーは、己との戦いをいったん休戦する事を決めた。 プリンによってハリーの体力は壊滅的なダメージを受けている。 しかし、ドアの向こうでは戦友が必死に痛みと戦っているのだ。 助けねば・・・ ゆっくりと手をトイレットペーパーに伸ばす。 しかし運命の神様はなんて残酷なのだろう。 残されたペーパーは20cmにも満たなかったのだ。 無残にもホルダーが芯だけとなり、ハリーの全身に電流のように焦燥感が走る。 このままでは・・・まずい。 彼の焦りが限界に達したとき、ふと視線の片隅に出来かけの蜘蛛の巣を発見した。 今のハリーは蜘蛛の巣に引っ掛かってしまった蛾に等しい。 無力・・・どんなにあがいても無力。 彼は一生懸命に知恵を振り絞った。 そう・・・彼には「インチキ手品」という武器があったのだ。 メガネのレンズがキラリと光る。 「さぁ、ショータイムの始まりだ!」 パンツをひざまで下ろしている状態で勢いよくドアを開けようと力を入れる。 全ての希望はドアの向こうにある。 しかし・・・やはり神様は残酷だ。 ドアが全く動かないのである。 想像を絶する激痛で動けなくなっている親友がドアの前で倒れてしまっているのだ。 相撲取り並みの体躯を誇る障害物は、少々の力では全く動かない状態であった。 「くそっ・・・このブタ野郎が・・・!」 思わずひとり言が漏れる。 そして・・・「脱出マジック」の幕が開いた。 つづく |