歯ブラシの気持ち



作 ・ ぼーずまん

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91話 仕事のあと 

俺はぐったりとしながらも視線をツカサの方にやった。

日焼けした腕と首。 ちょうど服の形に白い部分が残っている。

ふぅ・・・ 1日に1回、いや2回か? 毎日こんな長い時間のブラッシングが待っているのか。

しかし、これが俺たちの仕事なのだ。 存在理由といってもいい。

売り場で出会った糸ようじの言葉を思い出した。 彼らは1度使われたら即ゴミ箱行きだ。

だから、そのたった1度の仕事にエネルギーの全てを燃やし尽くす。

俺たちの寿命はまだ数ヶ月あるんだ。 どっちが良いのかは分からないけど。

でもできる限りジェシカの傍にいたい。 仲間と一緒にいたい。 笑いあいたい。

・・・そんなことをふと思ったんだ。



92話 あと何度・・・ 

バスルームのガラス戸を開けて、壁にあるスイッチをツカサが押した。

カチッ・・・ 洗面所内に小さな音が響く。 俺はこの音をあと何回聴けるのだろう。

戸が閉まって、すぐにシャワーの水音が聞こえてきた。


93話 夜の語らい

ツカサの入浴中、俺は改めてツカサの事、仕事の事を仲間たちから教えてもらっていた。

ツカサの歯みがきはとにかく長いらしい。 入念に20分ほど磨いているときもあるのだという。

ジェシカの言っていたとおり、前任者もかなり最初は驚いていたのだとか。

「すぐに慣れるさ。これが当たり前になる。」 セドリックが言う。

歯ブラシにとっての歯みがき、仕事とは全て使い手・・・ ご主人様で決まる。

10分以上のブラッシングが「当たり前の仕事」として俺の習慣になるんだ。

メリルが言うには・・・もし自分が今からツカサに使われる身だとしたら、とてもじゃないが精神が崩壊するのだそうだ。

完全にヨウコさん用の歯ブラシだから。 ココロもカラダも・・・

「ふぉっふぉっふぉ、ご主人の『世界』がすなわち歯ブラシの『世界』なのじゃよ・・・」

ゴン爺が難しい言葉で締めた。 込められた深い意味もなんとなく判る気がする。


94話 回顧 

風呂からあがったツカサはバスタオルでカラダを拭きあげると、下着だけの姿で2階へ戻っていった。

家族の中で一番短いと思われる髪は、放っておけばすぐに乾いてしまいそうだ。

ツカサがエディーを使うことはまずないのだろう。

洗面所内は再び真っ暗になった。 換気扇(さっき教えてもらったヤツだ)の音だけが聞こえてくる。

特に会話もない。

俺はぼけーっとしながら、今までのことを思い出してみた。


95話 回顧・2 

俺は工場で生まれた。 初めて見た人間は「検査」と呼ばれる白い格好をした連中だった。

いろんな機械たちが人間のことを教えてくれた。 アイツらはやけに物知りだった。

物知りといえば、コンビニで出会った歯みがき粉のアクリィもそうだった。

人間のコト、売り場のコト、訊けばなんでも教えてくれたのがアイツだった。

最初はナマイキな歯みがき粉だと思っていたが、最終的には仲良くなっていた気がする。

売り場のみんなは元気だろうか・・・ もう買われてしまい、バラバラになってしまったのだろうか・・・


96話 回顧・3 

そしてダグラスとヤマさんの2本を思い出した。 あの2本の存在はとても大きなモノだった。

大親友だったダグラス。 最初は仲が悪かったが、なんだかんだでイイ奴だったヤマさん。

仲間との別れ。 万引き未遂。 語った夜。

アイツらは元気にしているのかな・・・

きっとそれぞれのご主人サマの家や仕事に慣れ始めているころだろう。

俺もがんばろう。 新しい仲間がいる。 ジェシカだっている。

きっとうまくやれるさ。 きっと。

・・・こうして俺の最初の1日は終わったんだ。


97話 また、1日のはじまり 

あれから何時間経ったのだろうか。 洗面所はあいかわらず暗闇に包まれていた。

ときどき、思い出したようにメリルとセドリックは口喧嘩をしている。

でも最後は笑って終わっているあたり、この2本は実は仲が良いのだろう。

「ケンカするほどなんとやら・・・ね。」  ジェシカは俺に言う。

ジェシカは俺の知らない言葉を知っていたりする。

俺の抱いている「大人の女」というイメージは膨張する一方だ。

追いつきたい。 そう思っているだけ俺はまだガキなんだ。 たぶん。

そして・・・ 朝がきた。



98話 朝の音 

暗闇に包まれた洗面所に光が差し込んだ。 まぶしい。

光の帯の幅が急に太くなり、戸が完全に開いた。

カチッ・・・ スイッチの音。 そこに立っていたのはヨウコさんだった。

数時間前とは別人の顔。 目がほとんど開いてない。

「ふぁぁ・・・」 彼女は大きく口を開けて変な声を出した。 たしか「あくび」とかいうヤツだ。

指で顔の・・・ 目の辺りをこする。 少しだけ目が開いた。

ドアの向こう側の居間の方から男性の声がする。 テレビってヤツか?

そしてヨウコさんは蛇口をひねった。


99話 それぞれの朝 

どうやらこの家で一番最初に活動を始めるのがヨウコさんらしい。

ゴン爺が言うには2日に1回くらいの割合でツカサも早い時間に起きてくるのだそうだ。

なんでも「野球の朝練」とかいうのがあるみたいだ。

今朝はあと1時間くらいは眠っているのだとか。

ヨウコさんが蛇口から流れる冷たい水で顔を洗う。 これは人間の習性なのだろう。

あと30分くらいでヒデキさんも起きるのだそうだ。

睡眠というものをとらないと人間はいけないらしい。 つくづく不便にできているんだな。

そんな事を思っていると、ヨウコさんはメリルを手に取った。

俺たちの「朝」が始まる・・・。


100話 朝仕事 

ツカサとマナミが1階に下りてくると、急に雰囲気が慌しくなり始めた。

その前にセドリックとメリルは俺たちよりも一足早く「仕事」をこなした。

ジェシカの話では、2人の子供たちは朝に歯を磨かないときもあるんだそうだ。

そんな時はだいたい居間の方からドタバタとした音や叫ぶ声が聞こえてくるらしい。

どうやら「ネボウ」とかいう事故が人間にはあるのだそうだ。

ヨウコさんとヒデキさんは必ず毎日変わらないタイミングで起きてくるらしい。

ところがツカサとマナミはそれが出来ないのだとか。

さて、俺は仕事しないで済むのかな? ・・・少しだけ期待した。

昨夜の長い歯みがきが頭をよぎる。


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