歯ブラシの気持ち



作 ・ ぼーずまん

 1話〜10話 11話〜20話 21話〜30話 41話〜50話

 51話〜60話
 61話〜70話 71話〜80話  81話〜90話

91話〜100話 101話〜110話 111話〜120話 121話〜最終話

 


31話 感謝、そして 


ダグラスは彼女の手に掴まれた。 それと同時に俺の名前を叫んだ。

そう、俺に名前が出来た瞬間だった。

「ありがとう・・・お前からのプレゼント、たしかに受け取った!」

「じゃあな・・・また会おうぜ。」

「おう、また会おうダグラス!」

ダグラスを持った女はそのまま食品コーナーの方へ去っていった。

俺たちは別れるときは「また会おう」と言葉では言うけれど、もう二度と会えないことくらいは知っている。

永遠の別れなのだ。 わかっている・・・ わかっているんだけど・・・。

そして自動ドアが開いた。 ・・・少しだけ外の雨音が聞こえてきた。

俺はダグラスに付けてもらった名前を、何度も何度も心の中で復唱したんだ。



32話 新しい生活  


俺の列はついに俺1本になった。

今夜か明日には店長か従業員が発注をかけるはずだ。

新人5本が俺の後ろに並ぶことになる。

・・・ダグラスのいない最初の夜がきた。 どうやら外の雨はあがったらしい。

次にこの列に手を伸ばした人間こそが「俺の主人」となるのだ。

今まで俺の前には必ず誰かぶら下がっていたから実感がなかったが、

ようやく「覚悟」のような何かが俺の中に湧いてきた。

俺の前には誰もいない。視界が広い。みんなの事を、ふと思い出した。

トニー、コジロウ、ジェシカ、ダグラス、ヤマさん・・・

みんなこんな感覚だったんだろうか。 

・・・それからもいろんな事を考えた夜だったんだ。



33話 雨のち・・・ 


ダグラスの買われていった翌日だった。 

初老の店長が無表情で手元の機械を操作している。

あれが発注用の端末らしい。 詳しい事はアクリィから聞いた。

「あぁ、すいません。」

店長が歩いて来た客に対して場所を譲る。 客は女だ。

年齢は・・・ちょうど40歳くらいか? 

30代にも見えるし50代にも見える不思議な女だ。

彼女は俺たちの方をじっと見ている。その斜め後ろで店長が待っている。

相変わらずこの男は無表情だ。 いつも覇気が感じられない。

俺は平和にそんな事を考えていた。

・・・だが、女の目線が俺のところで止まった。 


34話 人間の感触 


女の手が俺に伸びる。 俺の視線は店長の方だった。

店長は少しだけ不機嫌な表情になった。

・・・とはいっても、時間にして0.5秒くらいか。

なぜ一瞬そんな表情を作ったのは分からないが・・・。

そして女の指が俺のケースに触れた。 振動が伝わる。 

瞬間、緊張が一気に全身を駆け巡る。 高電圧の電流みたいだ。

もし俺が人間だったら、筋肉が硬直して変な汗が吹き出していただろう。

・・・みんなこの感覚を味わったのだろうか。

そしてスタンガンのような白い指は俺を金属棒から引き抜いた・・・。



35話 さらば売り場  


女は俺を手に持つと店長に声をかけた。

店長は 「あ、はい、どうぞどうぞ・・・」 とか言いながらレジに向かう。

俺は売り場の仲間たちに簡単に挨拶を済ます。 もちろん別れの挨拶だ。

女はすでに食品をいくつか買っており、そいつらと一緒にレジの台に置かれる。

店長は慣れた手つきで俺の背中(?)のバーコードを機械でなぞる。

・・・ピッ・・・

この音を聞いた瞬間に俺はやっと実感が湧いた。

そう。 俺は買われたんだ。



36話 太陽 


俺は紙パックのオレンジジュースや冷凍食品と一緒にビニール袋に入れられた。

視界が遮られる。 小銭の音がする。 

「・・・ありがとうございました。」

相変わらず覇気の無い声。

そして重力。 自然と袋の一番下に俺は納まった。

うっすらと自動ドアの音。 袋ごしに太陽の明かりを感じる。

俺が製造されてから初めて感じる太陽の光であった。

これが・・・太陽・・・ これが外の世界か・・・

そしてこの袋を持っているこの女が・・・ 俺の主人・・・なのか。


37話 揺れ 


女が歩いている振動が伝わる。 一歩一歩が心地よい。

靴音・・・ ヒールとアスファルトが奏でるコツコツというリズム。

自動車のエンジン音をこんなに近くで聞くのも久しぶりだ。

あのトラックで輸送されて以来だろうか。

コンビニの店内放送が全く聞こえない環境が新鮮だ。 当たり前だけど。

もう何十回、何百回と繰り返し同じ音楽を聴いていたから、正直飽きていたんだ。

そんな事を考えていると、女の足がピタリと止まった。

そして聞きなれない金属音・・・ 「カチャリ」

ドアらしき物が開く音がする・・・ どうやら到着らしい。


38話 家族というもの   


「ただいまぁ。」 

「おかえり〜。」 ん? 聞いたことのない声だ。

袋の中からは分からないが、どうやら若い少女の声だ。

「お兄ちゃんは?」 女が少女に問い掛ける。

「まだこの時間は部活だよ。」

話から察するに、どうやら少女は女の娘らしい。そして少なくとも兄が1人いる。

「さーて、ごはんの支度でも始めますか・・・。」

「私も手伝ってあげよっか?」

「あら、めずらしい。雨でも降らなきゃいいけど・・・。」

「ひどいなぁ。私だってお手伝いくらいするって!」

2人の笑い声が聞こえる。  ・・・これが人間の「家族」ってやつか。


39話 空気 前編


「今日は何買ってきたの?」 娘が母に問い掛ける。

「スーパーで豚肉が安かったから ・・・今日は肉野菜炒めかしら。」

「野菜切るのやってあげるよ。」

ガサガサと音がするビニールの音だ。 どうやら俺が入っていた袋のほかにもう1つあったらしい。

いくつかの野菜が取り出されている様子だ。

「ん? こっちは?」

俺の方の袋に娘の手らしきものが入ってきた。 ・・・少しビックリした。

オレンジジュースが出された。

・・・そして俺に手が触れた。


40話 空気 後編 


そのままコンビニ袋から出される。 わずかに「ガサッ」と音がした。

母の手とはちがう、10代の女の子独特の指だ。

「あれ? 歯ブラシ?」 娘が問う。

「そう。 お兄ちゃんのやつボロボロになってきたから、新しいの買ってきてあげたの。」

「ふ〜ん。 あ、オレンジジュース、冷蔵庫入れとくね。」

「ありがと。」

どうやら俺の「ご主人様」はこの女の子の兄らしい。

本人はまだ帰ってきてないみたいなので、対面は夜になってからだろうか。

そのとき、急に空気の圧力が変わったように感じた。

俺のパッケージが開けられたのだ。 これが外の空気・・・ 

なんか妙な感じだ。 素っ裸になった気分だ・・・。 


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