第5回 〜 2時間経過 〜
【現在PM9:19】
さらに1時間が経過した。
2人の中年男の体力はもはや限界に近づいていた。
・・・なんでこんな事になってしまったのだろう。
ハリーの心の中には徐々に後悔の波が押し寄せてきた。
腕は相変わらず相方の肥大したエネルギータンクの下敷きになっている。
汗なのか脂なのか、それとも涙か。
とにかく透明な液体が2人の顔面を覆い、美しいくらいの光沢を作り出している。。
空気中の湿度とケンちゃんの精神力は大きく反比例していた。
・・・とにかく痛みがヒドい。
大きく横に割れているケンちゃんの口元に綺麗なシャボンがいくつも出来上がる。
「ケンちゃん・・・泡吹いてる・・・ぜ?」
「フガ・・・。」
「このままじゃ、せっかくの手品のタネも出番が・・・。」
「フガ・・・。」
巨漢は気を失いかけていた。
彼の瞳には必死に腕を抜こうとしている親友が映っていた。
しかし、その親友の顔がゆっくりとボヤけていき・・・色鮮やかな花畑が見えてきた。
赤・白・ピンク・・・ 様々な花が咲いている。
ケンちゃんの体は軽くなっていた。 まるで浮いてるようだ。
こんなに心地よい感覚は生まれて初めてだった。
いや、生まれる前に・・・ 母の胎内で経験している感覚と非常によく似ていた。
彼は実母の顔をよく覚えていない。
まだ彼が2歳のときに両親は離婚していた。 彼は父親に男手一つで育てられた。
4歳のとき、父は優しい笑顔で新しい母を一人息子に紹介した。
・・・新しい母は柔らかかった。 そして無口だった。
料理も掃除も全くやらない母だったが、その柔らかさが幼い息子には心地よかった。
毎晩親子3人で川の字になって眠った。
朝になるとビニールで出来た母親はなぜか服を着ていなかったが、毎日の事なので違和感は無かった。
それに、元々透けているキャミソール1枚という格好だったのでたいして変わらなかったのだ。
「・・・ちゃん!・・・ケンちゃん!ケンちゃん!」
「ふが?・・・ママ?ママなの?」
「大丈夫か、ケンちゃん?俺だ!ハリーだよ!しっかりしろ!」
ギリギリのところでケンちゃんはハリーに呼び戻された。
涙で潤んだ両目は両腕を引き抜いたばかりの親友をしっかりと捕らえていた。
「・・・さぁ、ショータイムだ。」
黒ブチのメガネのレンズが鈍く光った。
つづく
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